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親孝行
久しぶりの更新になるけど、ラジコンネタとは一切違います。

11月25日、午後8時15分に私の母親が71才の生涯を終えました。
病名は全身に転移した癌でした。

2年前、胃に早期の癌が見つかり、それは完全に手術で取り除けたのですが、その後膵臓に転移し、リンパ、肺と全身を蝕んでいったのです。

この2年は色々な抗がん剤治療を施してきたのですが、どれも効果は見られず、ひたすら痛みに耐えるお袋の顔が頭から離れません。

今年の初めには余命6ヶ月と宣告され、次第に痩せ細っていき、父親の前ではかなり「痛い、辛い」と訴えていたみたいです。

でも、私の前では一切そんな顔は見せず、「必ず治るからみんなで旅行行こうね」とか兄の来年二十歳になる孫娘の成人式は見に行くよって、本当は不安と恐怖で一杯のはずなのに。

そんなお袋を見るのがとても辛く、会いたい気持ちと痩せ細った母親を見たくない気持ち、それとお袋は死ぬわけないと言う気持ちがありました。

5分でもいいから毎日仕事帰りに顔を見せに来てねって言うお袋。
無理をしたら行ける距離なのに、今日は疲れてるからまた行くわと言う私。

そして先月に医者から、もって1ヶ月と宣告され、私はどうしょうもない後悔に襲われました。

なぜもっと病院に行かなかったのか、もっとお袋の辛い、寂しい気持ちを分かってあげれなかったのか。

でも残された1ヶ月、今まで迷惑かけた分を少しでも親孝行したい、1分1秒でもお袋と一緒にいたいという気持ちになりました。

最近は仕事帰りに病院に行って、一晩中お袋の体をさすってあげあげたりもしました。

この1週間衰弱した母親は、痛み止めの薬のせいか、意識がはっきりしていなくて、私が来ているのも分かっていないようでした。

しかし亡くなる3日前に2人で病室にいる時に、突然意識が正常になり、母親が「来てくれたんやね、うれしい、うれしい」と何度も行ってくれました。

私は母親に言いたい事はいっぱいあったのですが、とっさに出た言葉が

「おかん、俺分かるか? 俺な、おかん大好きやで」

すると母親は涙を流して喜んでくれました。

一番言いたかったけど、恥ずかしくて言えなかったことが言えてよかったです。

最後は家族全員に見守られて静かに息をひきとりました。


お袋、今まで辛かったね。

もう苦しまなくていいんだよ。

残された親父の事は心配いらんよ、俺たち兄弟がいるから。

安らかに眠ってくれ。

さよならは言わないよ。

そして今までありがとう。












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